椎間板ヘルニア

2008年12月20日 (土)

起きていることがすべて正しい 勝間和代

印象に残ったKey Words

■メンタル筋力を強くする心構えをつくる
 うれしがりすぎない、悲しがりすぎない・利他の精神を養う

■徹底した疑似体験の量を積む「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

■潜在意識の自分のデータベースを行動に活かす
「三毒追放」 妬まない、怒らない、愚痴らない

■ 「捨てる」ことの重要性を心から理解する

Strenghsfinder
自分の弱みに特化すること、得意分野以外のことに時間を費やすのは無駄
自分がしたくないことをしないこと 『最高のリーダー、マネージャーがいつも考えているたったひとつのこと』

■アサーティブは振る舞いを身に付ける

大塚ひかりさんのブログを読んで即買った。
すらすらと読めた。

>自己啓発本というのだろうが、ここまで恥の意識をかなぐり捨てて、書いてある本は初めて。
>インテリが眉をひそめ、顔を背けそうな恥ずかしいっぽいことを、真剣に堂々と言う。こういう人、好きだ。

という個所もあり、この手の本を自分で買うのは(ダンナはよく買うけど。。。)初めてなのでおっかなびっくり手にとった。

読んでみて「なるほど」と思った。
びっくりするようなことは、何一つなく極めて合理的。きっと、学校出てからず~っと外資だったから書かれている経験とか考え方がすぅ~と入って来る。
特に私の社会人としてのメンタリティーは最初に勤めたHSBCで形成されている。行動し、成果を上げることが仕事であること、それに参加するためには、不合理な参入壁がないことが会社を強くすることなどなど、思えば当時の日本ではまったく考えられなかったような健全な価値観のなかで純粋培養(18年もいたのだから)されてきたからだろう。

ただ、私の経験や知識や考え方は、これほど整理して語れるものではないし、文中にでてくる概念もバックになる知識がなかったりでいまいち突っ込んで理解できないのは、これまでの生きかたのせいだな。

所謂「功成り名遂げる」人って、すさまじい集中力、エネルギーがある。大塚ひかりさんのブログを読んでいても、源氏で苦しんでいる時など、「これはとんでもない物が出来上がるぞ。」っていうオーラがブログから漂っていた。

もっと、違ったものを想像していたけれど、わかり易く励まし、あと少し頑張ろうという気にさせてくれたことは確か。それと、勝間さんのとても繊細で真摯な一面がよくわかる著書だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月17日 (火)

ヨガ

どんな時に腰が痛くなるのかわからないけれど、昨日は腰が動かなかった。ヨガでも、前半の立位のポーズは何とかできたけれど、後半の座位のポーズになったら、まったく身体が前に倒れない。 殆ど、座位のポーズのまますごした。 腹筋を使う舟のポーズもいつもは楽勝なのに、昨日はプルプルプルと震えてしまった。やはり腹筋と背筋をつかっていたんだとしみじみ思う。

最後に肩立ちのポーズをして、起き上がったら、何だか内臓のすわり心地が悪く、身体の中の筋肉がドヨ~ンと痛い。汗はたっぷりかいたけど、すぐに身体は冷えるし、調子が悪かったんだろうな。
そうそう、腰が痛いとき、「腰が豆腐のようになって」と夏樹静子さんが言ったとか。。。ホント、昨日は豆腐状態だった。

家に帰って、改めてお風呂に入り、唐辛子を利かせた料理を食べ、なんとか復活。
やはり、筋トレが大切だと思う。(今週は土曜日お客さまがあり、筋トレできなかった。) 土曜日に筋トレをすると、翌週のヨガが本当に楽に、楽しくできる。
それにしても、腰が痛いのは辛いとあたらめて感じた週末でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月25日 (火)

トレーニング

椎間板ヘルニアをやって、トレーニングをセイブしたり、「いや、それではいけない。」と思ったり、試行錯誤を繰返して来た。最近は、家の近くのスポーツクラブへ通うようなって、自分なりに充実したトレーニングライフを送っている。

行くのは週末で、マシーンが足→胸→背中と順番にならんでいるので、これらのマシーンを丁寧になぞってる。最後に腹筋とストレッチをする。スタジオで好きそうなレッスンがあれば、参加する。
このパターンで2~3時間ジムで過ごすが、自分なりに充実している。

会社がある日は、なんとか1日捻出して、ホットヨガに行く。でも、やっぱり、ベタなトレーニングが好きだ。

会社でストレス三昧になった時など、やはり四肢を大きく動かすと、身体全体に新しい空気が入ってくるようで、本当に気持ちがよくなる。 最近はランニングマシーンを始めた。また、走れるかな?と思う。

できれば、水泳もやりたい。平泳ぎやバタフライはきついので、先ず、クロールで優雅に泳げるようになりたい。(悔しいけど、ダンナみたいに。。。) 

で、最終的には、体力をつけて、バイクに乗る!!!!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月16日 (日)

近況

左脚に痛みが出てきた。
これからどうなるのかなと思う。
2週間くらい前からで、治まりもしないし、ひどくもならない。
動き難いけれど、ホットヨガへは行っている。
椎間板ヘルニアの治療法の一つは「保存療法」、つまり安静にすること。
当面エアロや筋トレは避け、ホットヨガ程度に止めておこうと思う。
少し淋しいけれど、脚に爆弾を抱えているので仕方がない。

稼動域が狭くなって行く感じで、こうやって年をとるのかと思う。
ダンナのおばあちゃんがいつも「初めて年寄りになったモンで、わからんよ。」と静岡弁で言っていたけど、みんなホントに初めて年寄りになるんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月16日 (土)

椎間板ヘルニア~雑感

突然、椎間板ヘルニアで歩けなくなって、生まれて初めて入院生活も体験した。入院生活では簡単な日記をつけ、その日の体調、治療、リハビリの内容を記録してきたが、「激痛」「痛み」といった、言葉は退院直前まで書かれていた。

今回は今まで書いてきたことには当てはまらない雑感を書きたいと思う。

お酒

お酒がかなり好きで、発病する直前まで、トータルで一日焼酎換算すると5合くらい飲んでいたと思う。肝機能は今のところ問題ない。

今回お酒が飲める年齢になって以来最長の禁酒期間を経験したが、特に「飲みたい」とも思わなかった。規則正しい病院のご飯が待ち遠しかったし、美味しかった。お酒の代わりというわけではないが、夕食後は大好きなペリエを飲んだ。

退院しても、今のところ以前のような深酒?はない。このまま、文字通り「嗜好品」としてのお酒を楽しめるようになるといいのだが。

注射

点滴、筋肉注射、局部麻酔、神経ブロック注射などなど、様々な注射を打ったが、そして私は多くの人と同じように注射は大嫌いだが、以前より「痛い!」と感じることがなかった。「痛くない注射針」など注射針の進歩の賜物だろうか、少し良くなってくると、注射がこれだけストレスにならないのなら、「ボトックス注射でもやってみようか。。。」という気持ちにもなった。

ダンナに話したら、「バイクの改造と一緒で、やりだしたら止まらない。」と言われ、ペンディングとなっている。

時間がたつこと

病院ではとてもゆっくり時間が過ぎる。でも結構忙しい。最初はベッドから起き上がるにしても、食事をするのも、トイレも、身体を拭くのも(2週間以上お風呂に入れなかったので。)健常な時と比べると、気が遠くなるような時間がかかる。

朝、検温して、食事をして、体を拭いて、着替えて、点滴を打って。。。とやっているとお昼になってしまう。午後は本を読んだりして過ごしたが、夕食が5時20分なので、お見舞いの方と話をしたりしているとすぐ、たってしまう。

何かに追い立てられるように毎日過ごしてきたが、ひとつひとつ物事を行ってゆくこのゆったりとして生活のリズムを忘れないようにしたい。

退院2週間あまりが過ぎ、そろそろ追い立てられる精神状態になってきたが、「こういう過ごし方もある。」と頭の中で忘れないようにしたい。

身体にハンディがあるということ

バリアフリーは世間でも認知され、いたるところで実施されているが、実際、腰に爆弾を抱えたような形で退院後世の中に出ると、いたるところで不自由さというか違和感を感じた。

地下鉄で座っていてお年寄りが前に立った時、走り回る子供、疾走する自転車などなど、健康な時は何も思わなかったことが、私程度の不自由さでも「凶器」と思える時がある。

圧倒的多数の健常者からの視点で構成される社会、今回自分がこうなったことで特に声高に叫ぶつもりはないが、様々な人が共存する社会の真の難しさに触れたような気がする。自分がだんだんと正常な社会生活を営めるようになって行く過程で、小さくても自分にできることは何かと考えるようになった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月10日 (日)

椎間板ヘルニア~費用

ここで少し費用について触れておこうと思う。

私の場合、最初は激痛により泣いたり、泣かないでも呻いたりし、また歩くこともできなかったので、個室を利用することにした。激痛が別の種類の痛みに変化してからも、痛みから午前2時ごろに目が覚め、その後寝たり起きたりを繰り返し明け方まですごす。。。という具合だったので、個室を利用し続けることにした。

23日間の入院で総費用は370,100円、その内230,000円が差額ベッド料金となる。そして、私、もしくは配偶者のダンナが入っている保険で補填されるのは以下のようになる。

保険の種類 月額保険料 入院(5日以降) 通院 その他
AFLAC がん保険 5,655 5,000 0 初期入院給付20,000
日本生命 終身 15,829 5,000 3,000 死亡時1,000万円
ハッピーライフ 950 3,000 0 主幹事 三井住友海上

差額ベッド代がカバーでき、治療費分が負担分となる。ただ、私の場合健保組合から、差額ベッド代の自己負担分の一部、支払った自己負担分(治療費の3割)の一部が補填される可能性が、これは加入している健保組合によって違いがある。

また、私の場合は退院後もリハビリ、点滴など治療に通う必要があるので、日本生命の保険を申請するにはある程度治療の目安がついた時点になるので、治療費の支払いと保険料の支払いには時間的に差がある。

こうしてみると、日本生命の終身保険は月額15,829円払っているのが割高な気がする。子供もいないし、たいした借金もないので、死亡保障なんかいらないと思った。シニア向けの「医療名人EX」への変更を考えようと思う。

また、細かいことだが、日本生命とハッピープランは医師の証明が独自フォーマットなので、レセプトを発行してもらう度に2,000円かかる。AFLACは他社へ出したコピーでよい。

今回の入院で、当然だがどんなに気をつけていても不慮の事態というのはあるので、それに備え合理的な準備をする必要性を感じた。「保険の見直し」と巷ではよく言われるが、家計の問題だけでなく、不慮の事態に備え適切な対応をという観点からも考えなくてはいけないと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 3日 (日)

椎間板ヘルニア~私の場合

苦労の末、MRIを撮った結果、椎間板ヘルニアが2箇所見つかった。大きいヘルニアと小さいヘルニアだ。

入院前から数えるとほぼ1週間に及ぶ「激痛」との闘いにも関わらず、私の場合は手術をしない方向での治療が進められた。

手術が必要とされるのは

  • 膀胱直腸障害(排尿・排便困難)
  • 持続的な強い痛み
  • 高度の下肢の麻痺

これらの場合で、私は2番目に当てはまるのでは?と思うが、先ず痛みを緩和するための保存療法を行う。(詳細は「よくわかる椎間板ヘルニアの勘どころ」をごらん下さい。)

保存療法としては、ブロック注射を行う。脊椎の神経に直接働きかけるものだが、注射の前に、皮膚麻酔をしたり、個人的には連日の激痛を思えば、この注射で「痛み」を感じることはなかった。

2度目の劇的に反応したプロック注射の後、さらに1回注射をしたが、これは、2度目程強烈ではなかった。ただ、注射を打った直後は痛みが消散し、その後ぶり返すのだが、回を重ねるにつれて、だんだん軽くなる。

ただ、夜中に何度も別の痛みが襲う。痛みは特に膝の裏が激しく、鎮痛剤と精神安定剤、そして気を紛らわすための、TVが欠かせなかった。

8月11日、カタツムリの速度だが回復しているのは分かる。3回目のブロック注射をどうするか先生から尋ねられたので、打ってもらうことにする。今回は先回ほどの刺激はないが、以後痛みは緩和して行く。

それからも、深夜から早い朝の痛みは続くが、段々時間帯が朝にずれて行く。8月20日くらいまで、膝、くるぶし、大腿の裏の痛みが記録されている。

痛みが緩和するのと平行して、8月15日から温湿布と電気治療のリハビリを行う。またベッドの上でできるリハビリとして、「スロトレ」と取り入れた腹筋と背筋の運動を行う。

私の場合、手術を行わなかったので、極端な言い方をすれば今後は、身体が本来持っている自然治癒力といった身体そのものの力と私自身が生活をどうコントロールしてゆくかにかかっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

椎間板ヘルニア~メール

1998年11月、外資系銀行を辞め、再就職した移動体通信会社では、日本初の「画期的サービス」リリースに向け大わらわだった。「スカイウォーカー」という文字通信のサービスの内容を聞いた時、先見性と創造性を欠く私は、「誰がそんなもん使うんだろう?」と思った。

翌年、欧州出張で、「えぇい、座興だ!」って感じでデモをしたら、一文字一文字打ち出し、確定し、漢字変換し・・・というプロセスに外人はため息をついていた。

ソフトはアイルランドの会社が開発したもので、とにかく不具合が多く、文字通信のサービスが一般的になってからも、お粗末なものだった。その会社との交渉で、「日本では、聾唖の方がこのサービスを利用しているので、送受信の遅延は致命的です。」といったところ、彼らは不遜にも「オレッち、そんなふうに使うなんて思っても見なかった。」と笑いこけていた。

それから、このサービスは伝送速度・容量ともに画期的に早く、でかくなり、現在では生活にかかせないものになっている。

今回の入院でも、病室にパソコンは持ち込めないけど、個室だったため、携帯電話は自由に利用できたので、メール機能はフル回転状態だった。

会社の人、以前勤めていた会社の人、飲み友達、従姉妹・・・・メールを交換することで、励まされ、普段の世界との「窓口」を感じることができる。

同じ会社の人で、「頚椎後縦靭帯骨化症」で手術のため入院をした人がいて、この病気はは調べてみるとかなり厄介な病気で、手術も「骨化部位を摘出して、神経の入った脊柱管を拡げる」という読んでいて、お尻がキュンとなるような内容なのだ。このKさんと、お互いの病状や心境をメールで交換することで、勇気づけられてり、「ビールが飲みたい。」なんてメールが来ると、痛みも一時忘れて「そういえば、シャバではビールが美味しかったな。」なんて気分転換ができ、私の入院生活を支える大きな原動力になった。

友人の多くは「今まで突っ走ってきたから、神様がくれたお休みだと思って、じっくり療養するように。」と言ってくれたが、それにしては「痛い」お休みだ。

それから、会社の人から、「職場は任せておいて。」「じっくり療養して。」「復帰したらこんな期間はないから。。。」などというメッセージをもらい、今回は何故か素直にそういったメッセージに従おうと腹をくくることにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

椎間板ヘルニア~意識したこと

入院に当たって、精神面でも身体面でもいくつか意識=コントロールしなくてはいけないことがあると思い、それに従って生活するようにした。

□ 食事 

内臓系の病気ではないので、食事はできる限りとるようにした。太りやすい体質と酒好きなため、普段はかなり節制しているが、今回は病院で出されたものはなるべく食べるようにした。病院の食事はとても工夫されており、また内臓系疾患を扱っている病院ではないので、味もきちんとついていた。

お魚またはお肉、野菜、ご飯、お味噌汁、軽い野菜(漬物など)といったメニューは普段ある意味あこがれていたので充分堪能した。

また、痛みに耐えるということはかなりエネルギーを使うらしく、食事をキチンと取っているにも関わらず、入院最初の2週間くらいは鏡をみると結構げっそりしていた。

退院が決まってからは、ご飯の量を少なくするなど、復帰に向け調整した。

□ 睡眠 

激痛が走っている時は、とにかく痛みを忘れるためにも、眠くなったらいつでも眠るようにした。「夜、眠れなかったらどうしよう?」など考えず、また当初夜は睡眠薬を飲んで寝ても、激痛が走れば何の効果もなく唸る毎日だったので、とにかく「眠い時は眠る」ことにした。

2週間たって、激痛が治まり、早朝の痛みになったころから、睡眠のリズムをとり戻すため、昼間は眠らないようにした。特に昼食の後、眠くなるので、TVを見たり、本を読んだりしてとにかく眠らないようにした。ただ、早朝の痛みのため、午前2時以降は睡眠がボツボツと切れるが、あまり気にしないようにした。

睡眠のリズムは、退院後1週間程度で、完全に元に戻った。

□ 精神面

激痛が続くと、精神的に参ってしまうことが多く、そんな時は精神安定剤を飲むようにした。ほぼ、1ヶ月軽い精神安定剤は続けたが、それでも感情が抑えきれない時は、スポット的に別の精神安定剤を利用した。これは、本当にすぐ効く。一種の興奮状態は本人もキツイので、個人的には大変助かった。

やはり、入院が続くと精神的に不安定にはなる。退院が決まるか決まらない時期は、家のことや、会社のことを思い浮かべるとすぐ涙がでるような状況だったが、1日たつと冷静になるので、そんな時はグズグズ一人で過ごしていた。

お見舞いや、1日置きに通ってくれたダンナや、個人病院ゆえに気さくな看護士やスタッフの方との接点があったことが、支えのひとつだったことは確かだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月31日 (木)

椎間板ヘルニア~読書

本は片っ端から読んだ。自分が読みたいと思った本ではなく、最初は入院など予想もしていなかったので、ダンナが読んだ本とか、買ってきた本を、少し不本意に思いながらも読んだ。

  • 風水先生(荒俣宏) → これがややっこしくて一番時間がかかった。香港上海銀行と中国銀行の経緯が描かれており、興味津々。
  • 池波正太郎の食卓(佐藤隆介他)
  • くさいはうまい(小泉武夫)
  • 人は見かけが9割(竹内一郎)
  • 99.9%は仮説(竹内薫)
  • お江戸でござる(杉浦日向子)
  • 古風堂々数学者(藤原正彦)
  • 海辺のカフカ(村上春樹)→メタファーと時空のずれを自由自在に操っていて、読んでいる時、ぽかっと別の空間が開くような感覚。村上春樹独特のレトリックはあまり感じなかった。
  • 神様からひと言(荻原浩)→「海辺のカフカ」の後読んだので「???」って感じ。クレーム対応をこんな風に捉えると誤解を招くかも。クレーム対応に関しては「社長を出せ!」の方が真摯に扱っている。
  • 臆病者のための株入門(橘玲)
  • The Gift of The Body (Rebecca Brawn) →以前読んだけど、身体そのものがかけがいのない「贈り物」ということを認識させる大好きな本。
  • 意識とはなにか(茂木健一郎)→大変手ごわいので、まだ途中です。

他には、友人が持ってきた雑誌が白洲次郎(歴史街道)や向田邦子(和楽)の特集をしていたので、丁寧に読んだり、ダンナが2~3日遅れで持ってくる日経の朝夕刊や日経ビジネスをこれまた丁寧に読んだ。

新聞を馬鹿丁寧に読んでいたら、P.F.Druckerの「Management In The Next Socirty」を読み替えたくなり、ダンナに持ってきてもらったけど、重たいのでベッドでは読めずただ眺めていた。Druckerの現在をそして今後の世界の行く末を、読み取っているその慧眼には改めて驚いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

椎間板ヘルニア~暇つぶし

外科に入院している時は、激しい痛みがある場合を除いては、「1日をどう過ごそう?」という問題がある。激しい痛みがある場合でも、何か気が紛れることをしていると、一時痛みを「忘れる」まではいかないけど、意識がそちらに行くので緩和されるような気がする。

2回目のブロック注射の後、激痛はだんだんと緩和されたが、夜別の痛みを感じるようになった。今までのふくらはぎと太腿裏の火のついたような痛みから、大腿部から足先への神経に沿って、痛みが走る。特に膝裏が激しく、夜中にこの痛みで目が覚める。

ただ、以前の痛みに比べればがまんできるし、(唸ることもあったけど。。。)鎮痛剤などほとんど試しているので、これ以上劇的に回復することはない。

そんな時、私は深夜TVをぼう~っと見たり、オカキを1~2個食べたりして気を紛らすようにした。とても懐かしい「Big Wednesday」とかアニメなど見てハマッたり、眠くなったり、とにかく時間が過ぎるのを待った。

普段は、本を読む、TVを見る、ラジオ、CDを聴くといったところが王道だ。

TVは見たい番組を決めてみるようにしていたし、CDは大好きなユーミンとか志ん朝さんをウォークマンに入れてもらい、点滴の時など聴いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月29日 (火)

椎間板ヘルニア~お見舞い

最初、入院が決まったときお見舞いは来てほしくないなと思った。

病院ではもちろんノーメークだし、髪のカラーも取れかけている、お風呂もこの調子ではいつ入れるか分からない、普段の自分と比べると本当になさけない姿の自分というのは、会いに来た方にも、自分にもマイナスだと思ったから。

でも、それが間違いだとすぐ気がつきた。激痛がいつ襲うか分からない入院初期にも嬉しいことにお見舞いの友人が来てくれ、話をしたり、聞いたりしているうちにパワーをもらえることに気がついた。

お見舞いはもちろん、来てもらうだけで本当に嬉しい。というより「ありがたい!」と思う。話をしているだけで、隔離された世界とは別の世界の「出口」が開けているような気がする。

ただ、「何を持ってきてほしい?」と皆さん聞いてくれるので、個人的に嬉しいお見舞いの品はというとこんなもんかな。。。と思う。

  • お花  お見舞いの定番。私は花が好きなので、部屋が一杯になって嬉しい。水遣りさえ気をつければ、1週間以上持つ。
  • 雑誌  活字を読むのが好きなので、これも嬉しい。ファッションや旅行など「治ったらこうしよう、ああしよう」と元気がわいてくる。
  • 飲物  内臓系の病気ではないので、普段飲める。
  • お菓子 重なると食べきれなくなってしまうけど、看護士の方などにお裾分けできる。
  • お酒  「治ったら飲むぞ!」という気持ちになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

椎間板ヘルニア~入院生活

まさか自分が入院生活をするとは、思っていなかった。

病状については、レントゲン撮影から椎間板ヘルニアと思われるが、詳しくはMRIを撮ってみないと分からないと説明を受けた。治療に際しては、椎間板ヘルニアはヘルニアがパンチ、神経がパンチを受けた方と考え、パンチそのものを引っ込めるか、パンチを受けた方の治療をするかで、この病院では後者で治療をしつつ、椎間板注射などの措置も取るという説明と受けた。

手術は必要と判断されていないようで、その理由は後から分かった。

入院期間は3週間以上といわれたが、会社に出す診断書はとりあえず2週間にしてもらった。2週間休めば、8月中旬は9日間のリフレッシュ休暇を取っているので、もしかしたら何とかなるのでは。。。と淡い希望があった。

初日はやはり左足のふくらはぎと太腿の後ろに激痛が走る。鎮痛のホルモン注射は頻繁に打てないので、鎮痛剤、座薬、点滴と行うが痛みが治まらない。特に夜の痛みが激しく涙が出てくる。ナースコールをしても看護士もどうしようもないことが分かっているので泣きながら呻くしかない。21時に筋肉注射をしたが、したとたんとっても「イヤな感じ」がした。痛みだけ残して左足が重くなる。。。この注射は次からは止めようと思った。

昼間はなんとか過ごせても、夜、特に深夜の痛みが激しい。MRIを取るためには仰向けにならなくてはならないがその体勢がとれない。夜、眠るのは怖いが、睡眠はおそらく大切なので、なんとか眠るようにする。。。そして激痛。。。この繰り返し。。。

8月5日、左足に麻酔のような注射を打ちMRIを撮る。ヘルニアが2箇所、その日のうちにブロック注射をする。注射直後痛みは引くが、徐々にぶり返す。夜、激痛が走り、座薬、トランキライザーで対応。

昼、夜と激痛。7日2度目のブロック注射、針を刺したとき、左足の指まで電気が走り、身体が5センチぐらい浮いた衝撃をうける。刺激が強いほうが効くとのことだが、瞬時に痛みが引き、徐々にぶり返す。ただ、そのぶり返しが前回より緩和されたような気がする。

夜、痛みはあるが、従来の激痛とはことなり、なんとか耐えられるような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

椎間板ヘルニア~発病

7月30日朝起きたら左足に違和感を覚え、ベッドから起きようと思ったら起きることができなかった。

この時点では、まだ少しのんきで「10時半からのエアロビクスに行けないかも。。。」なんて思っていた。

でも、現実は甘いものではなく、痛みはどんどん激しくなって行く。特にふくらはぎと太腿の裏が火がついたように痛む。不本意ではあるけど、涙が出てくる。

あまりの痛さに救急病院へ電話をし、やっとの思いで車に乗り込む。この時点では痛みもさることながら、これ以上痛くなることもないだろうし、これで死ぬこともないのだからと半ば破れかぶれで、階段をかけおり車に乗り込む。車ではシートを倒した状態、病院でも座ることができない。

鎮痛剤を処方され、飲んでみると幾分緩和したような気分、ただ、夜になるとまた激痛に襲われ、座薬を入れてもしばらくすると痛みが襲ってくる。あまりの痛さに精神的に参っているのを見て、ダンナがトランキライザーを飲ませる。痛いのはわかるが、なんとなく落ちつくという奇妙な気分になる。

翌日、最寄の整形外科に行くが、「ヘルニアは99%治る。」とか「ヘルニアでは死なない。」などといい加減な事を言われ、投薬のみ。この夜も激痛が襲う。

1日別の整形外科へ行き、痛み止めの注射を2本打つ。にも関わらず、この夜激痛に襲われる。病院へ電話をすると「入院するように。」とのこと、夜が明けて8月2日入院生活が始まった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)