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2009年4月

2009年4月26日 (日)

マインドマップ超入門 トニー・ブサン

「超」入門なので即読める。
さっそく、金曜日から一日をマインドマップ化している。
深層心理に働きかけるのか、金曜日のマインドマップの一例は
お酒→バーンズ、バートン(ここで枝分かれ)なのだが、
別のBOIが家事→洗濯物→たたむ→一軒(はは、飲みにゆくなら一軒という意味さ!)
となっており、何故か殊勝にも「今日は、飲みに行くなら一軒にしよう。」と思い
バーンスへ行った。。。。(行くことには変わりないが。。。)

次は「仕事に役立つマインドマップ」を読もうと思う。

ちなみに今読んでいる本は大塚ひかり訳『源氏物語』第3巻、源氏がだんだん
スケベオヤジになりつつあり、玉蔓の愛らしさ、可憐兼、男を結構手玉に取る的な
魔性の女的面が語られていて、最高に面白い。

読んでいると登場人物の教養の高さに驚かされる。(登場人物の教養の高さ=
紫式部の教養の高さ=それを今に伝える大塚ひかりさんの凄さだけど。。。)
古今東西の物語、逸話、詩歌を含めた文学に通じており、その一端を会話に
盛り込むことで、受け応えをする。
投げる方も、受け返すほうも、同等の知識、教養があってこそなりたつ。

また、登場人物が楽器の演奏に秀でており、それが技巧だけでなく
心に強くうったえるように演奏するのは、今で言えばカザルスかヨー・ヨー・マといった
クラスが演奏しているようなものだろう。

近江の君も登場し、ドタドタした展開になってきたが、こういう人物をサラッと登場させる
ところもまた紫式部の凄いところだ。

今まで読んできた小説というものの、底の浅さのようなものを感じる程だ。

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遅い話題

P10007304月最初、桜がきれいな頃行った近所の少し品がある居酒屋さん。
カウンターの後が桜並木で、即お花見が楽しめる優れ場所。
写真は山菜の天麩羅、日本酒はなんと〆張鶴(涙モノ!)、

P1000732ほろ酔い気分で撮った桜。。。

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2009年4月19日 (日)

改訂新版 江戸幻想批判 古谷野敦

ここで古谷野さんが批判しているのは「遊女神聖論」だとはっきり言っている。
日本近世(特に江戸時代)、遊女=売春婦が神聖だったという幻想を批判している。

江戸幻想派(こんなものがあるのかどうかはわからないが)からすれば、
売春婦という言葉もNGなのだろう。

そこから、江戸時代の遊女は神聖だった、近世は性にたいしておおらかだった、
春画はマスターベーションの対象にはならない芸術だった等々の主張が出てくる。

杉浦日向子さんが「ああ、早く江戸になればいい。最近よく、そう思います。」
と言っていたのは、そういう一連の流れだったのだろうか。

私も、長年落語を聞いてきて、『江戸はいいな。』『(居残り)佐平次みたいに生きたい。』
なんて思っていたころがあった。

それがなんか違うと思ったのは、清澄にいるころ江戸博物館へ行った時だ。
当時の人がいくら今より体格が良くなかったとは言え、あんなところに住んでいたとは
かなりショックだった。

そして、村上もとかの仁~JIN~を読んだ時「そうだったんだ。」と思った。
それ以来、落語は江戸庶民の生活を伝えるものではなく完全なフィクションだと思っている。

リアルなら、酢豆腐の若旦那は鼻が欠けているだろうし、三軒長屋はかなり狭く、暗いだろうし。。。。

批判の対象は佐伯順子同志社大学教授の書いた『遊女の文化史』とそこから派生した
江戸幻想論で、述べられていることは的確で、逆にいうと何故江戸幻想論がまかり
通っていたのか、いるのか良く分からない。

『人間業ではできないような苛酷な環境の中で自分の『性』を不特定多数の
人に分け与えている。だから彼女達は素晴らしい。(遊女の文化史)』
に対し
、『自分自身がそういう立場にいない者が、学問の名の下にこういうことを
言っていいのか。』
と言っている。

私なら『なら、あんたやってみ。』と言いたいが、幻想派に言わせると、
江戸時代の吉原と今の千束は別物なので、『やりたくても、できない。』
と切り返されるだろうな。

また『心中幻想』なるものがあって、江戸時代は恋と性が結びついていて
恋のための心中の文学が花開くが、ホントに恋のために心中した女なんて
いないし、落語の『品川心中』のほうがリアリズムだと述べているもの
スカッとする。

幻想はそれでも
・女郎の実際の生活が悲惨であっても、彼女らが聖なるもの担っていること
には変わりがない とか
・近世の文学(好色一代男とか)の価値を云々するが

『そのような金で束縛されて性の相手をする女を「色恋」の相手として
見るのは、普遍性を備えた文化とは言いがたく』『世界に向かって喧伝すべきは『源氏物語』であって、西鶴の好色ものなどは、纏足・宦官のごとき変態文化
だと、私には思えてならないのである』
 この辺りは拍手喝采してしまった。

大昔、西鶴を少し呼んで、何とも言えない違和感があり、その辺りは
まったく素通りするようになったが、文化的価値を認識できなかったわけ
でもなさそうだ。(安心)

では何故、『遊女の文化史』がその論的甘さを指摘されつつ、
著者共々認められるのか?

そういうことってよくあることではないだろうか?
学問の世界でも、サラリーマン(ビジネス)の世界でも、超一流でない人は
二流の人を好むし、引き上げる。
簡単な理屈で、妙に鋭く、攻撃的な人より、そのほうが安心だし、おそらく当人も
自分の実力を知っていれば、立場を充分わきまえるからだ。

そして、女性について言えば、会社には何をしているのか良く分からないけど
『働く女性のロールモデル』とかで、それなりの地位についている人がよくいる。

あはは。。。少し愚痴っぽくなってしまったか。

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フラコラ 番外編

フラコラ美人的な人が増えているみたいだ。

フラコラ美人的な人とは、50代だけど30代ぐらいに見えるひと、40代だけど
20代~30代に見える人。。。。っていう意味で。

『それで何か?』と言われると、それだけ。

知らない人に年齢を言った時「え~!」て言われたり、
同年代と一緒にいる時「あなた、いつまでも若いわよね~」って言われたり、
若い男にモテたり、などなど
それが効能といえば、効能か。

くだらないけど、精神衛生上はいいんだろうね。

会社でアルバイトを募集したら、こんなご時勢なので、
かなり応募があった。
履歴書を見ると、多いんだ、フラコラ美人が。

応募者の履歴書を見せながら
「この人、これで5●歳ですよ!!!」と
担当者(♂)がかなり熱く語っていた。

写真を見ると、まさにフラコラ美人。
上品そうで、間違ってもヘンテコな敬語を使ったりしないように見える。
「育ちがよさそうだあ~~~」と担当者はうっとりしていた。

『Beauty Junkies』を読んだときも、30代半ばの著者が
未成年に間違われ、かなり喜んでいるシーンがあった。

以前は、アメリカとかヨーロッパでは、成熟した女性が
認められるみたいなイメージがあったけれど、
今はどこでも 綾波レイタイプが理想みたいだ。


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2009年4月 4日 (土)

フラコラ その2

私は決して某社のまわしモノではない。

フラコラhttp://www.kyowashop.com/fracora_g/

以下は試供品を飲んだ友人の渾身、迫真レポート

QUOTE
こんばんは。遅い時間にごめんなさい。

でもいち早く報告したくって。

例のドリンク、試供品を一日半量ずつ毎日飲んで5日め。
今朝起きたときから、何だか肌がペトペトしてるし、顔もペトペトしてるし
何でだろうと思ってたんです。
そしたら台所仕事で水洗いをしている自分の腕を水が弾いていて、
ふと例の効果?でもまだ日がたってないから、いつもよりボディクリームが
よく効いてるんだろうなぁなんて思ってて。

でも・今、お風呂に入ってしっかり洗浄して仕上げのシャワーを身体に浴びたら、
なんとなんと・お湯が弾くんです・・しかも全身です・・・こんなこと初めて。

しかも、いつもならすぐカサカサに乾燥して粉をふいたみたいになるのに、
肌がツルツルしてなんとなく光ってるんです。

例のドリンク以外はいつもと何も変えてないのに、あれの効果としか思えません。

shocoさん・

やっぱり即効飲むべしです・・
UNQUOTE

でもその後、彼女からまたレポートが来て、その日彼女は加圧トレーニングを
したので、その後48時間はいろんなものの吸収がよく、そちらの効果かもしれない
という冷静なものだった。

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